スポンサードリンク

2012年07月27日

たった5秒思考を変えるだけで、仕事の9割はうまくいくを読んで

たった5秒思考を変えるだけで、仕事の9割はうまくいく

著者:鳥原隆志




ちょっと題名が長いなと思ったりもするのですが、それはさておき、仕事の質を左右する重要なことが書かれています。

簡単に言うと行動を起こす前に5秒考えろ!という本です。
それが5秒なのかどうかは実感としては分かりませんが、行動を起こす前に一瞬でもいいので考えましょうよというのは、すごく納得である。

はじめにの、「考えて仕事をするとはどういうことなのか?」という項目で、著者自身の経験で「『考えろ』って言われても、いったい何を考えたらいいのだろう」と思っていたというのがありました

私も同じで、いつも「考えてるか?」、「もっと、考えろ」と言われ続けてました。この人は「考えろ」が口癖なのかと、あほな僕は思ったりもしてました。でもいろんな人から「考えろ」「考えろ」と言われるし、「一流になる人は皆、考えてるんだ」と本当にいろんな人からいろんな言われようで言われるので、これはすごく大事なことのはずだと思い出した。
しかし、残念な僕は、「考える」ってどういうこと?と考え方が分かってなかった。・・ただ幸いなことに、努力だけはあんまり惜しんだことがないので、「考える」とはどういうことかを調べ始めた。「考え方」とか、「思考法」とかいう本を読みあさった。

今では、鳥原さんのこの本に書いてあることが多少理解できるくらいにはなっており、また考えることの重要性にも気づいています。

P.241に、考えることを要求される部署であれば、無理にでも考えることを習慣化できるかもしれません。しかし、入社してすぐ、そのような部署に配属されるのは幸運なごく一部の社員で、多くの人は考えなくてもいい環境に置かれるでしょう。とあります。

これを見ると、考えろと要求される職場で、考えろと言い続けてくれた上司がいたことはなんと幸運なことなんだろうと改めて思いました。

ちょっと、前置きが長くなりましたが、この本の前半は、考えることの重要性を説明されています。ほんのちょっと考えることで仕事の質は飛躍的に向上しますという話です。
僕は、ちょっとと言わず一日中でも考えていればいいのではないかと思うくらい重要なことだと思っています。
ただ、実際に実験するとか、行動をしてふれてみて実感することも重要なので、バランスは大切です。

そして、中盤あたりから、インバスケット思考で評価される項目
優先順位、問題発見力、思いやり、自己分析力、創造力、洞察力・・・のそれぞれの考え方が書かれています。

この考え方の起点を知っておくことは、非常に重要だと思います。

例えば、

洞察力:次にどうなるかを考える
対策立案力:ほかに手はないかを考える
自己分析力:なぜ叱られたのかを考える
課題形成力:本当の原因はなにかを考える


などなどです。

これらのポイントを把握しといて、行動に移す前にチェックリスト的に使うとすごく効果的だろうなと感じます。

最後に、考えるということがピンとこない人のために、考えるということを「疑う」に置き換えてくださいとアドバイスされています。

いい本だなと思います。というか僕の趣味にあった本でした・・。



にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 06:14 | 京都 ☀ | Comment(4) | TrackBack(0) | 思考法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

街場の教育論を読んで

街場の教育論

著者:内田樹




内田先生の本です。こないだ「先生はえらい」という講演を聞きに行くことになったので読んでみようと思った本です。

講演を聞く前に読みはじめ、聞いた後に読み終わった本です。

基本的な主張は、そのほとんどが講演でも聞けましたし、日本辺境論の内容ともかぶっている面もあり、面白い洞察というのは、ここ数回のブログで全部いい尽くした感がありますが、それとは別の面白い部分を取り上げて行きたいと思います。

■教育を良くするには(P.20、P.183)
教育には政治やビジネスの論理を持ち込まないでくれという主張は、講演でも聞いた内容である。じゃあこれから教育をどうしていくの?というのが少し書かれている。
教育にとって必要なものを消去法で抽出すると最後に残るのは、教師と生徒である。教育行政や経済界の人たちはいろんな理論展開で教育改革案を出すが実際に誰がやるのか?という問題にはまったく言及しないというのが内田先生の見方である。結局は、教師が変えていかなければならないのである。
従って教育改革の成否は、教育改革を担うべき現場の教員たちをどうやってオーバーアチーブへと導くか。彼らのポテンシャルをどうやって最大化するかにかかっています。(P.20)
オーバーアチーブというのは上司が「やれ」と命令することのできる問題ではなく、「やるしかない」という意識が自発的に高まることでしか達成されないのです。(P.183)

■教養教育の本質(P.91)
ある専門領域が有用であるとされるのは、別の分野の専門家とのコラボレーションする事によってのみだからです。(P.91)
専門教育が有効に働くのは、別の分野とのコラボにおいてですとおっしゃています。
そしてその別の分野の人とのコラボができるようなコミュニケーション能力を養うのが教養教育であると言われています。

■ブレイクスルーとは(P.156)
ブレイクスルーとは、「君ならできる」という師からの外部評価を「私にはできない」という自己評価より上に置くということです。(P.156
)
自分自身で設定した限界を取り外すことです。

■イノベーションとは(P.221)
「ジョブ」と「ジョブ」の間のグレーゾーンには、ミスの芽だけでなく、ビジネス・チャンスの芽もまた潜んでいる。イノベーションというのはつねに「誰の責任範囲でもなく、誰の権限も及ばないところ」に生まれます。(P.221)
ここは、やる必要はないんだけど、面白そうだからやってみようってところからイノベーションは生まれるんだろうな。誰かの専門分野と専門分野をつなぐ、誰も取り組んでいないところとか。これら一連の話は納得です。


■就職する時の心構え(P.208、P.212、P.228)
就職試験の面接官が口をそろえて言うのは、会って5秒で合格者は決まるというものです。その判断基準は、この人と一緒に仕事をしたときに楽しく仕事ができるかどうか?だそうです。もっと俗に言うと、今目の前に立っている受験者がそこにいるせいで、自分の気分が「少しよくなった」のか「少しわるくなったのか」を吟味している。(P.212)
会社とは共同の場で、個人的に能力が高くても集団のパフォーマンスをあげることに貢献できない人は、ここには受け入れられないのです。(P.210)
就職面接のコツは、「自分を良く見せよう」と思わないで、その場にいる人たちが気分が良くなるようにふるまうことです。集団面接でディベートなんかやるときに、周りの人間を黙らせて、ひとりで滔々と自説を述べるような人間はまともな組織はノーサンキュー。皆が気分良くはなせるようにファシリテイトするタイプの人間が高く評価される

ほかにも、宗教教育は可能か?とか説明してあったけど、難しくてあまり良く理解していないのでパス。

内田先生の講演と同時並行的に読んだ本で、読む前に「ほんとかなあ?」とクエスチョンが灯っていたところも講演でより深い内容を聞いた後では、そうそうと納得しながら読めた。著者を信じるかどうかの心理的障壁も本の理解度を左右するなと感じた。
著者が主張する学びの本質に対して実感した。



にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 12:50 | 京都 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 勉強法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月19日

いじめについて

最近、内田先生関連の話ばかりですが・・。
内田さんは、講演でこんなことも話されていました。

最近、いじめ事件についてインタビューを受けたらしいのですが、内田さんの見方はこうです。

責任追及社会が悪い。日本全体がいじめ体質の中にある。今回の教師や教育委員会へのバッシングもその一つ。隠蔽体質があるのではなく、教師も教育委員会も責任が自分のとこにあると断定されることによる集中的なバッシングが怖いのである。
誰々が悪いとか誰々に責任があるという問題ではなく、社会全体の問題である。もちろん、いじめについて早急な措置が取れてなかったということの責任はあるのかも知れないが、この責任追及社会に置いては、最初の処置が悪ければその責任追求されるのが怖く、隠す方向になり、問題はどんどんと悪化してしまう。

こういう視点からみると、メディアは、正義という名の下に行っているバッシングを通じて、この事実隠蔽に手を貸しているのだと思う。無意識の内に。

もちろん、教員や教育委員会はまったく悪くなく、社会の問題であるとは言い切れないが、その間にもっといい状態というのがあるのではないかと思う。関係者全員が、責任は自らを含めた社会全体にあるのではないかと考え、どうすれば良い方向に行くのかを共に考えるような状態が。そう、真実を告白しやすい環境を社会全体で構築しなければいけないと思う。

そして「責任」という言葉にも言及されていました。「責任」という言葉は、責任を取るためにあるのではない。問題が起こらないような予防する言葉である。問題が起こってしまってからでは責任はとることなんてできない。今回の事件のように人が亡くなってしまってからでは、責任を取るといっても、人間が生き返ることはない。これもなるほどである。

この内田先生の見方を聞いてから、ニュースを見る目が変わった。原発に関するニュースもそうだ。誰に責任があるのかに終始している。それが今後の対策に繋がれば、それはそれで効果はあるのだろうが、みているとどうもそういう風には思えない。当事者は当然のごとく言い逃れをし、メディアや評論家は責任追及をする。こういう構図では一向に解決へは向かわないだろうなと感じる

内田先生の指摘「教員や教育委員会もバッシングを恐れている」というのは、当たり前だけど明察で、そのことを全員が理解した上で、他者を尊重した行動をとればもっと解決に向かうのではないかと感じた。

なんだか、U理論でも同じようなことが書いてあったな、レベル3くらいに、「相手の立場に立つことの難しさ」を感じてた覚えがある。



もちろん、被害者遺族のことを考えると他人がどうこう言える問題ではないのだけど、真相解明とは別の方向へ行きそうな気がしたので書いてみました。

にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 06:07 | 京都 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

内田樹さんの講演を聞いて

内田樹さんの講演を聞いて

講演タイトルは、「先生はえらいです」
読んだことないのですが、『先生はえらい』という新書が出ているそうです。

神戸常盤大学に小学校の先生を養成する課ができたみたいで、その記念講演という位置づけでした。
従って、内田先生の講演も、やがて先生になる教師の卵へのメッセージという内容で話されてました。

講演の最初は、今の教師は厳しいよという話でした。今の日本ほど、先生が軽んじられている時代はない。極めてハードな職業とのことです。
その理由は、メディアのバッシング、モンスターペアレンツと呼ばれる親への対応とクレーム処理への対応は過酷とのことです。内田先生ご自身も対応に当たって来たとのことで、実感のあるお話でした。基本クレームを言う人に正当な論理的根拠はないとのことです。皆ダメもとと理解しながらもくるみたいです。学校なら受け入れてくれるかも知れないという期待があるののではと言われてました。レポートの提出期限を過ぎているが、期限告知の掲示板が分かりづらいとか、点数足りてないが卒業できなくなるから単位をくれとか、ダメって分かるだろと思うクレームばかりだそうです。

経済が右肩下がりで、公務員なら安定しているのではないかと思って教師になろうという考えくらいで教師を目指している人へ警鐘を促されました。(ちゃんとフォローとして教師の面白さも最後の方話されて巻いたが・・・。)

大学統廃合の話から、ビジネス的思考が教育に持ち込まれているという話もされていました。話の内容は、ビジネス的思考、競争原理と消費者マインドが教育に持ち込まれようとしているがなんとかしてくい止めたいという話です。

教育に競争原理を持ち込むと学力は下がると言われています。
競争に打ち勝つ方法としては、自分の能力を上げると他者の能力を下げるという方法がありますが、他者の能力を下げる方がコストパフォーマンスが高い。「勉強してなんになるんだよ」とか「勉強ってくだらないよな」とかいって、ほぼ無意識的に、他者の勉強意欲をそぐことに集中するようになる。また、友達との会話でも知的な好奇心が沸き立つような話はしないという風になるそうです。こうなると全体的に能力は低下する。

消費者マインドも同じです。
消費者マインドの理想は、最低の投資で、最高の見返りをえることです。こういうことを考え出すと、たとえば、大学の単位の話を例に出されてましたが、先生のところにこの授業は何回休むと単位落としますか?難点で落ちますかと最低ラインを聞きにくるようになるそうです。そうやって、15回の授業中きっちり10回の出席しかしなかったり、60点を目指して試験を受けに来る人がでるとのことです。明らかに学力は低下していきますよね

人がものを学ぶ時は、学ぶ対象がどれほど有効であるかなど分かっていない状態から始めます。学んで新しい自分になる、殻を破って脱皮するというのは、非常に傷つきやすい行為です。殻を破って自分の柔らかい部分を出すのですから、皆のサポートが必要です。
教育の場とは、そういう状態の生徒を守ってくれる場でなければ人の本当の学びというのは成り立ちません。


だから、こと教育については、ビジネス的な競争原理や、消費者マインドをも持ち込まず、生徒が安心して脱皮できるようなサポート体制の整った温室であるべきだというのが、内田先生の教育に対する姿勢です。


最後に、そういう生徒の殻を破るときの成長に立ち会えた時の感動は、すごいものがあると、人間が殻を破って見る見るうちに成長していくのに立ち会えるというのは、先生という職業くらいではないかとおっしゃっています。

いまは、教師というのは、各種バッシングで教育に専念するだけでいいという職場ではなく、非常にハードではあるけれども、そういう生徒の脱皮の瞬間に立ち会うこともできる面白い職業でもある。

生徒諸君、がんばりなさい!

という講演でした。


にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 22:15 | 京都 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月15日

岡田斗司夫さんと内田樹さんの対談を聞いて

対談テーマは「お金の要らない世界がやってくる?」

話は、控え室でマンガの話で盛り上がったらしく、マンガの話から始まった。本の題名とかがうまく聞き取れなかったので話の内容が分からなかったが、岡田さんが軌道修正して本題に移っていった。

この間、岡田さんが、シングルマザーシェアハウスに行ったらしい、大きめの家に、シングルマザーが8世帯ほど共同で住むというのがそれらしい。家賃は6万で共同の部屋とかあるらしいが、ベビーシッターを雇ったり、お母さんとしての交際費なんかを考えると効率がよくやすいらしい。例えば、誰かが病気になったとかというときに、ベビーシッターでは急な対応に応じてくれない。しかし、家族的なシェアハウスのメンバーなら助け合いができる

この話は、やり方を少し変えるとお金のかからない方法があるよということで、本題の導入であります。

昔は、20人くらいの家族を旦那が養っていた。それが、サザエさんくらいの時代になると、波平さんとマスオさんで家族7〜8人を養っていた。それがクレヨンしんちゃんの時代になるとお父さん一人で3〜4人を養っていた。という時代の流れを話された。

この後、少し話がそれて、自殺率の話や、男が不要であるとか、少年、青年、大人の話とか面白い話が続いたが飛ばして

家族を分割することでお金がかかるようになった、これからは単純に血族的単位が大きくなるような後戻りしないんだけど、シングルマザーシェアハウスみたいな大家族的な疑似家族に行くべきだというのがこの対談の流れです。

・・・しかし対談って、話がいろんな発展をするから面白いんだけど、用意されたシナリオじゃなくて、話があちこちに飛ぶからまとめるのがむつかしいな・・・(グチ)。まあ、これをまとめ作業も訓練なんだけど・・・。

最終的なゴールは、大家族的な疑似家族に行くという方向で、そこに向かうには、相互扶助の精神を持つような社会性が必要だとの話だったが、これまで、数十年に渡って経済合理性を求める競争社会の中で生きてきた私たちにはなかなか伝わらないというところで悩まれてました。

シングルマザーシェアハウスでも損得で考えてしまうと、重い病気になったとか、誰かが変な宗教に入ったとかになると、そのメンバーを排除するような方向に進んでしまう。
大事なのは、そういう弱者をどうカバーできるかということ。

そこで内田さんが出されたのが、共同体全体として生き延びる可能性が高いのはどういう形態なのかという話。

これは世界の状況がどうであるかという認識によって大きく捕らえ方が変わる

世界の状況とは、@安全な世界にいるか、A危険な世界にいるかである。@の安全な世界では、一応安全が担保されているのでその枠の中で、誰が強いかが競いあえるのである。競争社会が成立可能。しかし、Aの危険な世界では、生きるか死ぬかという生死に関わるので、競争している場合じゃない、皆助け合おうよという力学が働く。
そして、皆がこの我々は危険な世界に生きているのだという認識に立てば、競争なんかせずにどうやったら生き延びれるのかという問いに立ち向かおうとして、経済合理性を求めない相互扶助が蔓延する社会に移行するだろうということ。


この話には、すごく納得。個人主義が成り立つのは、安全が担保された世界に置いてだけ許されているんだなと。

相互扶助って理想だけど、その理想に論理的にたどり着けたことはすごい成果のような(僕は)気がした。さすが賢人二人の対談である。

そして、二人は危険な世の中なんだよとふれ回るのが僕らの仕事だと言われていた。

競争原理の啓蒙フレーズは、「必勝」で流行そうだが、相互扶助の啓蒙フレーズが「不死」では流行そうにないという問題提起に対して、内田さんは「天下無敵」でどうかと切り出された。敵は作らず皆で共生、今後流行そうな予感がする。


にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 21:25 | 京都 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月14日

日本辺境論を読んで3

日本辺境論を読んで3

著者:内田樹




日本人は、辺境に住んでいるがために真理は日本以外のどこかにあると思っている。
そしてその真理を見つける為に、キョロキョロ周りを見渡し、他から学ぼうとする。
そうして、習慣として学び方を身につけてしまった。
さらに、学び方に磨きをかけ、学ぶ前に、学びの対象が有用であるかどうかまで理解できるようになった。

というのが前回までの流れです。
主論は終わりなのですが、この本には、主の流れ以外にも深い洞察がたくさんあります。

納得できないところ、好きなフレーズなどを紹介したいと思います。

■納得できないところ
・日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには、卓越した能力を発揮するけれども、先行者の立場から他国と領導することが問題になると思考停止に陥る。

・諸国の範ととなるような国になってはならないという国民的な決意を基礎づけるのは、諸国の範となるような国はもう日本とは呼べない。

・世界標準を新たに設定することはできない。それが辺境の限界。

日本人が辺境に住んでいるがための特性を書いた文章です。
著者は、もちろんこれを好意的に受け入れているわけではありません。こういう欠点もあるけど、利点もあるんだから、そのままでいこうよという主張です。

しかし、こっちの部分はやはり受け入れるべきではないという立場です。僕は理系でプレゼンするときに、「○○はできませんとはいってはいけません。」と習いました。「現状は困難である。」という説明の仕方をしましょうと、もちろん100%できないなんて分かってるわけではないので、困難という表現の方が正しいということもあるし、自分でできないという制限を付けてしまうと、本当に出来なくなってしまう。

だから、欠点の方は積極的に受け入れるべきではないだろうなと思います。

実際著者も、p169に、私は辺境人であるという自己規定のかたくなさを解除して、外部を希求する志だけを取り出す、と書かれていますので、利点だけ伸ばそうよという主張も見えてきます。

■なるほどと思ったところ
・指南力のあるメッセージを発信するというのは、「そんなことを言う人は今のところ私の他に誰もいないが、私はそう思う」という態度

・ひとたび学び方を学んだものは、それから後、どのような経験からも、どのような出会いからも、どのような人物のどのような行動からも豊かな知見を引き出すことができる。

・人が妙に断定的で、すっきりした政治的意見を言い出したら眉に唾をつけて聞いた方がいい。
→人間が断定的になるのは、たいていの場合、他人の受け売りをしている時である。

・主張するだけで妥協できないのは、それが自分の意見ではないから


主論をつかむのがかなり難しい本だった。いやつかんでないかもしれないけど、随所に深い洞察があり、終始楽しみながら読めた。

にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 22:45 | 京都 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 国家、日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

日本辺境論を読んで2

日本辺境論を読んで2

著者:内田樹




前回、大まかな著者の主張(だと勝手に思っている)を紹介した。
日本人は、辺境に住んでいるから学び方がうまいという話だ。

そして、それが進化するとどうなるのか?というところまで書かれている。

(ここから読後の感覚で書くので、著者の言いたいこととは違っているかもしれません、ただし、そこには深く突っ込まず、この本にかかれている内容はこうです的は紹介の仕方をします。)

日本人は、辺境に住んでいるため真理は日本以外のどこかにあると思っており、外部から学ぶことに必死になり、学び方もうまくなりました。

そして、学ぶことに卓越して、ついに石火之機という域にまで達しました。いや、達していない人は多分にいるとは思います。

石火之機とは、間髪を入れずということです。

日本以外にある何かを手に入れようと必死に学ぶ過程でそのスピードがどんどん早くなりました。それが極限にまで達すると、瞬間的に取り入れることができ、即応できるようになります。究極的には、原因と結果の関係ではなくなり、学ぶ前に知っているという状態になります。
言い過ぎました。学ぶ前に、学ぶ対象が有用であるかどうかが直感的に分かるという域に達します。
この学ぶ前から知っていることを西洋ではアプリオリという言葉で表現し世界各地で語られているみたいです。

モノマネしかできない日本人が、即応を追求することで極限まで進化させ主体を作り出したといった印象を持ちました。

しかし、私は武術の達人ではありませんので、この石火之機の概念が理解しがたく、「先駆的に知っているなんてほんとにあるの?」と思いながら読んでました。

何かを学ぶ時に、これは自分に役に立つと思って、学び始めたいくつかの項目から確率論的に役立つものが出てきたにも関わらず、その有用であった項目に捕らわれて、私の直感は正しかったのだと錯覚を起こしているだけではないかと考えたりもする。
そう、ただの思いこみではないかと・・・。

しかし、武術の達人である著者の主張なので、ほんとのところは分からないというところが正直なところです。

武人でない私が分からないことに対するグチはさておいて、これは、日本人が辺境に住んでいるために身につけてきた利点や欠点の内の利点の伸ばし方にはこういうのもあるよという例示だと思います。
この例が分かる分からないに関わらず、利点を伸ばす方法は考えて損はありません。

石火之機、もっとさらっと紹介する予定だったので、グチが入って長くなってしまった。

後は、次回に回します。

にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 22:30 | 京都 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国家、日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月12日

日本辺境論を読んで1

日本辺境論を読んで

著者:内田樹




久しぶりのブログだーっと、数えてみるとかれこれ3週間ほど、本を読んでいなかった。

なにも読んでないわけではなく、論文、特許、学術書を読んでいた。そう余暇の時間も仕事に取り組んでいたということである。
これはこれで面白いのでハマっていた。

さて、久しぶりに読んだ本は、次回の読書会の課題本である。

内田さんのことは兼ねてより知っており、今週の土曜日に講演会にも行く予定だ。

さて、この本の主論であるが、それは次のようなもの

日本は辺境に位置することで特異な特性を持ったが、それには、利点、欠点いろいろ含まれる、欠点だけではないのだからこのままでいいじゃないか

ということである。これだけ読むと全く分からないので、中でも著者が最も主張したかったのだろうと思うところを紹介します。

日本人は辺境に住んでいるがために、真理は外部にあると思っている。本当の文化とかそういうものは外部で作られ、日本にやってくるものだと思っている。アメリカ、イギリス、フランスはすごいというそれぞれの国というよりも、本当のものは日本以外にあると思い込んでいるのである。今は欧米で、昔は中国という風に。
そのため、新しいものを求めて、取り入れなければと思って、日本人はキョロキョロするのだということだ。
だから日本人は主体的になれない。自分の考えを持とうとしない傾向にある。いつも受け身で、被害者意識を持っている。
しかし、この受け身で日本以外のどこかに本当のものがあるという態度や意識はには意外な利点もある。
それは「学び」についてである。
学びの本質は、学ぶ前には学ぶ対象がどんなものであって、どういう風に役に立つのかということが分かっていないということ
それは学んだ後になってようやく分かるものである。
従って、効率的に学ぶには、自分が何も分かっていないということを最初に受け入れる必要があるこの受け入れる時のエネルギー障壁が日本人は低い。それは辺境に住んでいるがゆえに、本当のことは日本以外の(私以外の)別のところにあって、それを取り入れなければならないという習性が備わっているからである。すなわち、日本人は学び方が古来より備わっているのである。
こういうところを伸ばしていこうよ!

大まかな流れはだいたいこんな感じ。

次回へ

にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ にほんブログ村
ランキングサイトに参加しています!!
クリックして頂けるとありがたいです!!

posted by air_water at 23:56 | 京都 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国家、日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。