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2012年08月28日

何故日本軍は大東亜戦争に参戦したのか?

何故日本軍は大東亜戦争に参戦したのか?

読書会の課題本であった『失敗の本質』関連で読んだ本が2冊あります。それは、『大東亜戦争の謎を解く』と『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』の2冊です。



『失敗の本質』では、何故大東亜戦争に参戦したか関しては論じないという姿勢で、日本の組織論や戦略、戦術などの失敗から学ぼうとしています。

しかし、それでも大東亜戦争の失敗としてあげられる項目は、参戦理由と完全に切り離されるものではないと感じたので、何故日本軍がアメリカと戦うことになったのかについて知りたくなり、上の2冊の本を購入しました。

この2冊の本を読むと、それぞれの大東亜戦争参戦理由は異なる。

ポイントは、日本への経済制裁やハルノートの捉え方

『大東亜戦争の謎を解く』には次のような記述があります。

ルーズベルトは、航空機用ではない、船舶用(日本海軍用)の石油の対日輸出も制限してしまえという、平時としては思い切った貿易制裁の発動を許可する。・・・日本は戦わずして敗北すると宣伝し、それでいいのかと国内で訴えた。これは誇張であった。・・・アメリカはこれで日本の石油備蓄が干上がろうとは期待をしておらず、交渉材料の一つと考えたまでである。たとえば、ドラム缶による製品輸入の道が残っていた。また、上海などの第三国を経由する輸入も日本は可能だったからである。アメリカの意図はドイツに味方するのか否かを選択しなさいという意図であると書いてあります。

またハルノートに関しては

ハル・ノートは、日本軍の中国からの撤退と、南京政府の解消を要求していた。・・・ルーズベルトとハルは・・・日本が英米に対して先端を開くことはないとも楽観していた。・・・日米両国は、日本をドイツの戦争の局外で中立させること、すなわち事実上「三国同盟」を形骸化させることが最前だと考えていた。そのために強硬な姿勢を見せるのがいいとアメリカは考えていた。
これに対して、日本は9月6日の御前会議では、「外交を優先するが南方作戦計画発動のまめの準備に入る」と決定されている。
外務省は・・ハルノートを渡された時点で、対英米戦のための動員をすませ、・・実は(アメリカにすれば)ハルノートはあくまで交渉のたたき台に過ぎない通告であった回答期限は付いておらず、日米戦争を予見させる文言は全くなかった。単なる強い調子の交渉文なのである。だが、開戦の時計をスタートさせてしまった陸海軍を説得することはもはや不可能だとみなした東郷茂徳外相は、ハル・ノートを「最後通牒」であるとの偽りの上奏を行い、昭和天皇に戦争の決断を促した。これが日本の最終的開戦決意である。

といった感じです。

それに対して、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』には次のように書かれています。

日本の満州権益の独占化に対して、アメリカはワシントン会議において、太平洋の和平の現状維持と日英同盟の破棄、日本の山東半島の利権返還、米英日の主力艦および航空母艦のトン数比率の制限(5・5・3)と十年間の主力鑑建造禁止を定めた三つの条約(四カ国条約、九カ国条約、ワシントン軍縮条約)を提唱して日本に締結させていた。
いずれの条約も日本にとっては大打撃であり、軍部は不満を持った。
・・大正十三年に、日本からの移民を全面的に禁止する「排日移民法」が制定された。
昭和十五年には、貿易統制。前年に、対日戦略物資(石油、鉄、金属など)の禁輸を実施するために、一方的に「日米通商航海条約」の破棄を通告して、日本に対する経済制裁の構えを見せてきた。すでに英米仏の列強は、昭和四年に発生した世界恐慌の影響で、自国と植民地を中心とする「ブロック経済」を形成して、日独伊の輸出製品を締め出すようになっていた。・・(日本は)完全な米英依存型の経済構造であった。そのことから、英仏の完全な輸入禁止と米国の「日米通商航海条約」の破棄は、当時の日本にとって、まさに喉もとを締め付けられることを意味していた。
ルーズベルトの対日石油輸出全面禁止発令。米英中蘭のABCD包囲を実施し、日本に全面的な禁輸をしかけてきたため・・・。
などのに対して、海軍軍令部総長・永野修身元帥は、陸海軍統帥部を代表して、日米開戦について次のような感慨を述べている。
「戦うも亡国、戦わざるも亡国。戦わずして滅びるのは、民族の魂まで失う、真の亡国である。戦って護国の精神に徹するならば、たとえ戦い勝たずとも祖国護持の精神が残り、我らの子孫はかならず再起するであろう」

当時、東條が首相になる時、昭和天皇のご意向として、9月6日の制作を白紙に戻して国策を再検討するように要請されている。
東條は国策再検討を連日に渡って実施する中で、対米交渉の妥結のために日本側の幅広い譲歩を織り込んだ「帝国国策遂行要領」の甲案と乙案をまとめている
こうした状況のなかでルーズベルトはハル・ノートを突きつけて来た。
・・・ハル・ノートは大別すると「一切の国家の領土および主権の尊重」「日米交渉で支那・仏印からの撤退」「三国同盟の破棄」「重慶政府以外の否認」の提案からなっていたが、東條内閣はこれを、日本に対して全面降伏を迫るアメリカの実質的な最後通牒であると理解した。

これに対する東條の受け止めは

「・・・三国同盟を日本から破棄することになり、国際信義の問題となる。・・・日本が支那・仏印から撤兵することは、これまで日本がしたことが水泡に帰し、日本の企業は全部事業を遂行できなくなる。・・・日本は満州からも朝鮮からも引き揚げなければならなくなる。
還元すれば・・・日露戦争以前の状態になる。東亜における大国としての日本の自殺である。当時日本が東亜の安定勢力として自ら考えていた事に照らして、このような要求を受諾することは出来ないと考えた事は、当時の日本としては当然であった。」

こうして、このハル・ノートをアメリカの最後通牒と判断し、対米英蘭開戦を十二月八日と決定した。

このように二冊の書籍では解釈が異なる。
どちらが正しいのかを判断できる知識はないが、いずれにせよ、アメリカ側が日本へ経済制裁含めたかなりの要求をしていることは確かである。石油や貿易を止められ、日露戦争以降獲得した領土は放棄しろと言われているのである。

それでも、その要求をのんで、細々と生きていく道もあったでしょう。しかし、その要求を突っぱね、戦争へ突入する道もああったのだと思えます。

大東亜戦争が、日本が起こした一方的な侵略戦争であった、ちゃんちゃんと片づけれる話でないことは、この二冊の本が語っていると思う。

実際のところ、どうだったのか、もっと知りたくなった。


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2012年08月24日

『失敗の本質』から少し離れて

次の読書会の課題本は、『失敗の本質』である。



本書は、大東亜戦争で日本軍が負けるに至った要因を教訓とし、今後の企業含めた組織論に活かそうという趣旨を持っている。

失敗要因の最終的な結論として取り上げているのは、「変化対応力がなくなったこと」である。日本は変化対応力が無かったわけではなく、特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて、逆に特殊化し変化に対する対応力がなくなったという。

個々の事例から見る失敗の要因としては、@作戦目的があいまい、A情報の受容、解釈が独善的、B戦闘が精神主義的、C部隊編成が複雑すぎた、D戦力の逐次投入、E人間関係を過度に重視、F統一指揮不在、G現地軍と大本営の意志疎通ができてないなどがあげられる。

これらの要因を考えて、組織編成や運用に役立てていくことにはもちろん意味のあることだと思う。

しかし、僕の興味はもっと別のところへ向いて行った。

『失敗の本質』では、日本が何故、大東亜戦争に突入したかは問わず、日本の戦い方、敗け方を分析するという立場を取っている。

もちろん、先述したように本書はこれで良いのだが、失敗の要因にあげられる、作戦目的のあいまいさや戦力の逐次投入などは、もともと物量で勝る敵に相対した時に、明確な戦略が立てれなかったから作戦が曖昧になり、潤沢なリソースがなかったから戦力の逐次投入や、補給不足になっとのではないかと思い、もともと強大な敵に立ち向かうことになった理由も切り離せない要因ではないかという思いが沸き上がり、興味は、どうして大東亜戦争に突入したのかに向いていった。

『失敗の本質』を読み終えた後に、その謎が知りたくて、2つの本を購入した。特に先入観もなく、本屋に立ち寄り足早に掴みとった『大東亜戦争の謎を解く』と『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』の2冊でした。



最初に、この2冊にどんな感想を持ったのかを、ざっくり書くと、はじめに読んだ『大東亜戦争の謎を解く』で、 大東亜戦争に突入した理由をなるほどなと理解し、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』を読むうちに、前書とかなり大東亜戦争に突入したいきさつの解釈が異なるなと思い、二つの書を対比しながら読み、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』については、中終盤からはちょっとした怒りと深い感動がこみ上げてきた。

ここで言いたいこととは異なるので、大東亜戦争へ突入した理由を対比しながらは書くのは次回にすることにします。
言いたいのは、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』を皆さん一度読んで見てください、ということです。

『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』には、日本人に誇りを取り戻させるような内容が書かれています。それは一方的な内容ではないかと思うくらいの日本賞賛ぶりです。しかし、そこで語られている詳細な内容は、「これは日本賞賛のための虚構である」とはとても思えないような真実味ある内容でした。

もともと歴史に関して不勉強であったため、日本が侵略戦争を行ったと教えられた記憶もなく、あまり歴史に興味もなかった。しかし、それは日々見ている報道などから自覚しない内に入っていたのだと痛感した。侵略的な要素が全くなかったかと言えばわからないが、日本軍が、東南アジアに進行し、欧米諸国を撃退し、東南アジア諸国を侵略したのかというとそうではなく、それぞれの国が独立できるように、政治的な援助をしている部分が大きい。自国の軍隊を作る手助けをし、戦術を教え、独立の精神を芽生えさせていた。大東亜戦争で日本が負けた後、再び、欧米諸国が東南アジアに来襲した時には、その時の独立の精神で抗戦し、ついに各国は独立を果たしたのである。その国々からの感謝の言葉は、とても虚構とは思えない。なぜ日本の報道は、日本の戦争責任ばかりを取り上げて、日本の成果を取り上げないのだろうと、報道への不公平感や憤りを感じました。

大東亜戦争に関する各国の識者のコメントを110ある内から2つほど紹介します。

タイ
ククリッド・プラモード(首相)

日本のおかげで、アジア諸国は独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大な決意をされた日である。さらに、8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれは、この二つの日を忘れてはならない。

マレーシア
ラジャー・ダト・ノンチック(上院議員・南方特別留学生)

私たちやアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は、永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。永い間眠っていた”自分たちの祖国を自分たちの国にしよう”というこころを、目覚めさせてくれたのです。
私たちはマレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声を上げました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育を行ってくれたのです。
・・・私たち南方特別留学生が日本で教育を受けた頃の日本は、現在の日本と比べることができないほど貧しい国でした。しかも、あの当時の日本は、全身傷だらけになって、アジアを西欧植民地から解放するための大東亜戦争を戦っておりました。
私たちはその貧しい戦時下の日本で『日本の素晴らしさ』を与えられました。

あの当時の日本人は、心と心とがふれあう交わりをもって、アジア諸国に偉大な遺産を遺してくれました。すなわち四百年の永きにわたった植民地体制を打破し、アジアの青年たちに民族自決(独立)を戦いとる決意と覚悟を与えてくれたのです。私たちは、日本の青年が命を捨て血を流して遺してくれた、尊い偉大は遺産を基にして、祖国の独立とアセアンの結成を成し遂げたのです。

ちょっと長くなりましたが、『失敗の本質』から始めた大東亜戦争の勉強は、少し時間はかかりましたが、私にとって非常に意義のある時間になりました。

おそらく、明日の読書会は、失敗の要因から現代の会社経営や日本人のあり方について議論する場になると思いますが、この本だけは紹介したいと思います。

失敗の本質関連で読んだり、みたりしたもの
書籍:『超入門失敗の本質』
DVD:『映像記録史 太平洋戦争』
書籍:『大東亜戦争の謎を解く』
テレビ:NHKスペシャル 終戦 なぜ早く決められなかったのか?
書籍:『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』


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2012年08月20日

30代リーダーの仕事のルールを読んで

30代リーダーの仕事のルール

監修:嶋田有孝




できるチームをつくる!ための30代リーダー向けに書かれた本です。
活字離れした若者たちがターゲットということで、イラストが多用されています。
っというよりも、全ページイラストです。

イラスト比率はすごく高いし、オールカラーなのでビジネス本としては、画期的な本ではないかと思います。

確かに100ページくらいなので活字が嫌いな人でも楽しめるのではないかと思います。
30代でリーダーになる人は恐らく活字離れしていないのではないかと思ったりもしますが・・・。

私はというと、活字が好きなので意外と読みづらかったりしました。
イラスト満載なのに、活字の方にばかり注意が行く自分が悲しい・・・。

この本の読み方としては、活字は補助みたいな感じで、イラストと吹き出し中心に読んで、活字部分は見出しを読んで、気になったら詳細部を読んで行くというのがいいのではないかと感じました。

さて中身ですが、リーダーの仕事のやり方を4部構成で説明されています。
第一章 リーダーの人を動かす力
第二章 リーダーの部下を育てる力
第三章 リーダーの伝える力
第四章 リーダーの心を整える力

僕がなるほどと思ったところをつまみ食いで紹介します。

P.18真実を読み取るための3つの心構え
1.常に注意深く部下を見つめること
2.たくさんの人の意見を広く聞くこと
3.人間の弱さに共感するということ
3つめの人間の弱さに共感するというのは、なるほどと思います。
報告の場合、いいことばかりを伝えたがるのが人情です。悪い情報も受け入れる態度を常から見せておくことが正しい情報を掴むいい方法だと感じました。またいい情報だけ伝える部下の気持ちを分かって上げれる度量の深さも重要ですね!!

P.34能力を引き出してこそ、真の教育
僕がここでなるほどと思ったのは、今の姿で部下を判断しないというところ
振り返ると今の姿で人を判断しちゃっている自分がいます。
成長した姿って見え難いものです。可能性を信じ、教育できるような器の大きい人を目指さないとダメですね・・。

P.44「できる上司」の決めては得意分野
韓非子の一節、「主君が賢明であるならば、臣下は誠心誠意これに仕えるが、暗愚な主君には、邪心を抱きながら表面だけは取り繕い、主君を欺いて私利を計ろうとするものだ」を取り上げて、リーダーの賢明さの重要性を説きます。ここでのリーダーの賢明さは得意分野をもつこと説明されます。広く深くではなく、一分野でもいいので圧倒的な得意分野を築きましょうと勧めます。
やっぱりこれがないとダメですね!がんばろう!

P.56声の響く職場づくりを
ITが発達してメールでの情報伝達もあるけど、対面して実際に話すのがいいよという話しです。ドラッカーの例「コミュニケーションで本来大切なことは、言葉以外のメッセージを聞くことである」から、対面して言葉以外の情報を聞くことの大切を説明されています。
確かにメールでは、顔の表情、声の調子は伝わらないですもんね。

P.80話は半分理解してもらえば上出来
自分の考えを相手に伝えるのってかなり難しい。それを2段階に分けています。まずは、自分の考えを言語化するところ、7割ぐらい言葉にできれば上出来。そして聞き手が7割くらい理解してくれれば上出来ということで、0.7×0.7×100で49%つまり半分くらい理解してもらえれば上出来ということです。
こういう数字遊びが結構好きです。

P.90自慢話は我慢
いわゆる我慢です。他人の自慢話を聞いたって全然面白くない。同じように自分の自慢話なんて他人は聞きたいなんて思ってない
こんな話を聞くたびにやっちゃいけないと思うんだけど、ついつい・・・。
もっかい自慢話はしないように気を引き締めると同時に、誰かが自慢話をしたら極力聞いて褒めたたえようと思います

ほんとにイラストがたくさんでさらっと読めて、リーダーの心構えとして知っておくべきポイントがまとまっていると思います。

まずはビジネス本の導入として本書を読んでもらい。その後、ディープな読書の世界にはまってくれる人が増えると嬉しいなと思います!!


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2012年08月19日

映像記録史 太平洋戦争を見て

映像記録史 太平洋戦争を見て



これまで日本の歴史、戦争史をまるで勉強してこなかったのが災いして、『失敗の本質』読んでるんだけど、なかなか情景が浮かんでこずに苦労してました。

このままでは読んだはいいけど理解できずで終わりそうな気がしたので、DVDで一度大枠を掴もうと思ってました。

とりあえず、アマゾンで探すとNHKが作ったDVDボックスがあったのでそれを見ることにしました。中古で4千円くらいでした。

届いて確認すると、DVD2枚で各75分、合計2時間半の内容でした。
やっぱり映像の力はすごいですね。パールハーバーから終戦までの概要をざっくり掴むことができました。

★最初は勝ち続けてた!!
昭和16年のパールハーバーの勝利から、日本はおせおせで南方の豊富な資源を求めて、マレー半島の方に進撃します。イギリス軍とのマレー沖海戦にも勝利し、東南アジアの制海権をとります。
その後も、オランダ領の東インドの石油資源をもとめ進撃し、短期間のうちに手中に収めます。フィリピンではマッカーサーを追い出し破竹の勢いでした。

★途中から負け続けてます
それが、昭和17年5月のミッドーウェー海戦あたりから様相が変わってきます。ミッドウェーでは大敗を喫するのですが、日本側には勝ったと報告されています。これは民衆に結果を隠したのではなく、単純に日本軍の戦況把握不足によります。アメリカ軍の修復能力の高さを知らずに、同じ船を攻撃したにも関わらず、2機撃沈したと勘違いしていたりといったことによります。
また、このミッドウェーでは暗号解読がキーポイントであったといわれています。戦力的には日本軍の方が優勢であったけれども、アメリカ軍は日本軍の作戦の全容を把握していたためだともされています。

この頃、その後の戦況を左右する生産能力に差が出てきます。アメリカは生産能力を増強する一方、日本は民間輸送船が不足し、南方からの資源が調達できないようになっていました。

その後、ガダルカナルでも破れます。
これはラバウルからの1000km飛行、往復2000kmという距離を零戦で走行し、ガダルカナルでは15分程度の戦闘時間しか与えられないという、かなり無謀な戦いを実施していたことや、アメリカ軍の零戦分析から編み出した、二機で戦うという新戦法によって戦況が悪化していきます。
また補給に関しても、アメリカ軍に物資を破壊され制空、制海権はアメリカ軍のものになります。
このときジャングルに取り残された日本人は下痢、疲労死、発狂する人が多数出たそうです。戦死者3万人中、4分の3が病死だったそうです。補給戦略を軽視していることがたたったのだと思います。

昭和18年4月には、山本五十六がラバウルに乗り込みますが、山本さんのラバウル出発は、アメリカ軍に暗号解読されていて撃墜されます。
ちなみに、この時アメリカ軍は、暗号解読の事実を隠すためにすぐさまパイロットはアメリカ本土へ返されています。

昭和18年11月にはエジプトで開かれたカイロ会談で、イギリス、中国、アメリカで日本軍の無条件降伏まで戦うことが決まっています。
一方日本では、全日本学徒出陣と学生までかり出されています。
軍と政府は、戦況を隠して国民総動員へと誘っていきます。

このころアメリカは長距離爆撃機B−29を製造しています。
走行距離5600kmで、対空砲撃の届かない対地1万mの高度で、4tonの爆弾を積むことができる優れものです。
そして日本への爆撃が可能となるサイパン進行を策略します。
日本もサイパンを日本の絶対国防圏として死守しようとします。
しかし、昭和19年6月12万のアメリカ軍の圧倒的物量によって駆逐されていきます。
このあたりでアメリカ軍は2つの新兵器を使用しています。
@マーク12レーダー 160km先の敵を発見できます。
Aマジックヒューズ 目標に近づくと爆発するミサイルです。
この戦いで日本は空母3隻と航空機の大半を失います。
サイパン島を放棄し、残った人々は知らされず、投降には応じず自害します。一般市民も1万に亡くなっています。

サイパン基地を建設したアメリカ軍は日本爆撃が可能となります。

また少し時間を戻して昭和19年3月頃からインパールの戦いも起こっています。『失敗の本質』ではやらなくて良かった戦いと記述されてました。険しい山を越えていく奇襲作戦という、もともと無謀のな作戦であったにも関わらず、何故か作戦が通ってしまい、戦況が悪化するに至っても作戦中止に躊躇し、全軍壊滅します。

この昭和19年8月にはドイツが敗北します。これでヨーロッパの兵力も太平洋へ投入されることになります。

この頃から、日本ではどう負けるかが検討されるようになります。アメリカ軍に一矢報いて、少しでも好条件で講和しようということです。

しかし、フィリピンのレイテ海戦でも破れます。
この頃、神風特別攻撃隊の体当たり攻撃などがなされています。
特効する飛行機にアメリカ軍もパニックなったようです。

昭和19年11月には111機のB−29による東京爆撃
昭和20年3月には300機のB−29による東京大空襲
その後、名古屋、大阪、神戸へも爆撃していきます。

昭和20年4月の沖縄の戦いも6月には破れます。
日本軍は6万5千と15万の沖縄県民がなくなられています。

7月にはソビエトの仲介による和平工作を巡らせますがかなわず、ソビエト軍の介入を恐れたアメリカ軍は8月6日、9日と広島、長崎に原子力爆弾を投下し、8月15日の終戦へ向かいます。

というのが大体の流れでした。
ある程度大枠は掴めたと思うので、『失敗の本質』へ戻ろうと思います。

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2012年08月16日

「超」入門 失敗の本質 を読んで

「超」入門 失敗の本質

著者:鈴木博毅




ブログ書くのが久しぶりすぎる。
『失敗の本質』に描かれる日本軍の失敗を学んでビジネスに活かしましょうという内容の本です。

『失敗の本質』の中で描かれる大東亜戦争の敗因は、物量や技術力ではなく、真の要因は日本的な思考法や日本人特有の組織論、リーダーシップにあるといいます。

著者は、日本軍は体験的学習によって偶然発見した新戦略を、その戦略のどこが優れていて勝ったのかを深く考えることなく体験を再現することに力を入れるため、応用が効かない。つまり、すべての戦闘に同じ型の戦略で臨み負けてしまうと指摘します

さらに、その体験的学習によって得られた新戦略の成功印象から発生する空気が醸成され、その空気の支配によって、合理的な判断がなされることなく、戦略が決定されるとも言います。

その間違った空気を醸成する日本軍の風土には、「精神主義」と「悲観論はNG」などがあります。

精神主義は、日本人は凄くて、修練すれば敵なしといった考え方です。確かに土日も休むことなく修練に修練を重ねた日本兵は強かったみたいです。しかし、修練すればどうとでもなる的な考えが、戦略や新技術開発が軽んじられた要因の一つでもあります。
例えば、敵を発見するレーダーの開発などでは、当初は米軍よりも日本軍の方が開発が進んでたようですが、その重要性を認める人が日本軍の中にいなかったために、開発はおざなりとなりました。対して米軍は科学者の自主性を引き出すようにお金は出し、用途も一任してやりたいようにやらせます。米軍のレーダー開発は進みます。

人に重きを置きすぎ、あらゆる可能性に目を向けることをしなかったのがまずかったように思います。

もう一つが「悲観論はNG」です。
日本軍には上と同じような精神論で悲観論はNGみたいな風土が出来上がっていました。
補給の要求、援軍要請や撤退といった消極的な、あるいは悲観的な論は、根性が足りんみたいな感じで一掃されていたみたいです。
現場での冷静な分析の元の判断、特に悲観的な判断が通らないのですから、劣勢になった時の戦局の打開はかなり難しかったのだろうと推測できます。

最初に連戦連勝で来たことが劣勢になった時の対応を考えないようにしてしまったのかもしれません。

大体こんな流れで失敗の要因を説明しています。っで、全然説明しませんでしが、本書ではこれを現代のビジネス戦略につなげています。リーダーはどうあるべきか?組織はどうあるべきか?日本人はどのように考えるべきか?などです。

比較として挙げられる現代の事例としては、アップル、インテル、日産、マイクロソフト、JAXAなどです。
概ね最近、経営戦略の本などで書かれていることと内容は同じように感じました。

しかし、これまで大東亜戦争戦争について考えたことがないので、あまりイメージは掴めませんでした。
もう少し『失敗の本質』を読む前の導入になるかと思ってましたが、ちょっと難しいままかもしれません。

とにかく、読書会まで日がないので『失敗の本質』の方を読もうと思います。


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