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2013年05月22日

怠惰


ブログ書きません宣言をすると本当に書かなくなるものだね・・・。
5月は1度も更新してなかった。

自分で決めた月5回以上という更新規則は、今更ながら強力に働いていたのだと感心する。逆に制限がなくなったとたんに更新しなくなる極端さが自分が如何に怠惰であるかを再認識させてくれる。

まあ、最近はビジネス書読んでないというのもあるのだが・・・。

一応、次の読書会がクリステンセンさんの『イノベーション・オブ・ライフ』だからこれは5月中に読む予定。ただ、まだ1ページも読んでないところがマズい。



さて、5月になって小説以外で読んだ本と言えば、プラトンの『ソクラテスの弁明』と『ゴルギアス』だ。岩波文庫の哲学書を最初の方から読んでいこうという試みだが、その読み易さに驚いている・・・。レヴィナスの『全体性と無限』みたいに理解するのにかなりの労力を要するだろうと身構えて、読み始めるのだがなんだか分かりやすい。ソクラテスの論理飛躍することなく、一つ一つ順序だてて紐解いていく対話手法のせいかもしれないが、兎に角平易な文章だ。時にはもっと早くしてと展開を急がせたいくらい細やかに説明してある。ある意味くどい。2冊読んでこれだから、いったい、どの辺から難解になってきたのかが気になる。アリストテレスの『形而上学』とかからだろうか?


その他は小説で、太宰治の『斜陽』を読んだが、結構どうしようもない話だ。落ちぶれていく貴族を描いたものだが、整然と落ちぶれていったという感じだ。主人公が女性だったからか、純真無垢な性格からか『人間失格』ほど共感や感情移入がなかったように思う。『斜陽』も『人間失格』もそうだが、最近のエンターテイメント性溢れる作品とは異なり、読後の爽快感はないが、人間の性質に迫る作品で、その包み隠さない感じに惹かれ、面白かった。



その他は、久しぶりにプログラミングしたいなと思い。PHPの本を読み返している。プログラムを通勤時にやりたいのでSSDのノートPC(MacBookAir)が欲しいのだか、お金がないので購入できるのがいつになることやら・・・。更にMacBookAirの欲しいのが、円安の影響で値上がりし過ぎ、つい最近まで6万円前半だったのに、今や8万円弱だ・・・、逆風だ!原油高騰で苦しむ漁船の人たちの不満が少し分かった・・・。

話を読書会の課題本『イノベーション・オブ・ライフ』に戻して・・・、『イノベーションのジレンマ』などを書いたクリステンセンさんの最新作で、なんでも経営戦略を人生に取り入れる的な話らしいが、なんとなくイメージが沸く。いい感じに僕の現在思い描くイメージを裏切って、深い洞察があると楽しいのだが、その辺りに注目しながら、来週から読み始めよう!




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2013年04月17日

ブログの更新頻度

ブログの更新頻度、だいぶ頻度が低くなってきた。ブログを始めて、一月に五回以上という更新目標を掲げたが、最近その底辺をいくようになった。というのも資格試験などに挑戦するということがあったからだ。しかもそのせいもあって自分でいうのも何だが、ブログの内容も雑になってきた。

この間、会社の後輩から次のような話を聞いた。
選択の問題である。あるスポーツ選手がスポーツをとるか医学を取るかで悩んだ末にスポーツを取り成功しているということである。
何かを行うために何かを捨てている。
その話から後輩も、スポーツをすて勉学に励もうとしている。

私も、もう少し能力があればいいのだが、他のことに集中するとブログの更新が億劫になる。しかし立てた目標を破るのが悔しいのでギリギリ5回を連打している。

だが、後輩の話を聞くと、そろそろ決断した方が良いなと感じた。

もちろんブログを書くという効能はすばらしいものがあった。読書ブログという性質上、本を読まなければならない。怠惰なために普段から本を読み続けてた人ではなかったが、本を読む習慣ができた。また、本になにが書いてあるのか、著者の主張したいことは何かと目的意識を持って読むことができた。それは人生に必要な何かを手に入れるというよりも、純粋に著者が何をいいたいのか?を追いかけていただけなのだが、振り返ってみると為になったと思う。また文章の書き方も学んだと思える。大概いい加減ではあるが、下手な文章も書き続けるとそれなりに上達するもので、会社の技術レポートなどは、過去のものと最近のものを見比べても格段にレベルアップしていた。

これらの効能はあるけれども、このブログを書いているせいで犠牲にしてきたものもある。

また他方で、読む本も少しずつ変化している。最初はライトなビジネス本を読んで紹介してきたが、最近は哲学や社会学や小説の方が面白いと感じるようになった。これは社会人として人生において役に立つのだが、ブログの表題に似つかわしくないなと思っている。

ここは一つブログ以外のやりたいことに重きを置いて、ブログの更新頻度は下げることにする。閉鎖ではない。書きたい時に書く場所というのは有ったほうが良い。

とりあえず、これからも仕事と趣味といっそう頑張ろう!



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2013年04月09日

ビラ配りについて

通勤途上の駅でビラを配る集団がいた。交通安全に関するビラ配りである。その中でビラを配っている一人のおばさんが、「ここの人等は全員無視や!」と不満を漏らしていた。

そんな大きな声でよく言うなと思うと同時に、その瞬間からこの人たちが嫌な集団に変わった

なんだか、運転する車に故意にぶつかって示談金を要求するような当たり屋に遭遇した気分だ。

何で普通に通勤しているだけなのに、不快な気分にさせられるのだろう。僕の心は会社に着くまで、その事象に捕らわれてしまい、なんだか時間がもったいない気分にもなった。

確かに、僕も労働組合関係で、ボランティア的な、あるいは政治的なビラ配りを何度もしたことがあり、誰も関心を持ってくれないことを知っている。「よろしくお願いします。」と元気良く配っても、ほとんどの人が目も合わせてくれず、だんだん心が折れそうになるのも知っている。
だからこそ、ビラはなるべく取ってあげようと思っていたのだが、その言葉で取る気がなくなってしまった。

そういう不満がよぎったとしてもそれを口に出してはだめだよ。しかも、あんな大きな声で・・・。

いつものようにただ普通に通勤している人たちを不快にさせるようでは、交通安全を守るという大義があっても、それは慈善活動ではなく、迷惑行為だよ。

僕はビラ配りやティッシュ配りは、みんなに無視されても、心が折れそうになるのに耐え、最後まで笑顔で配り続けることができるのかという一種の修行くらいに捉えてやってた。

それくらいの気持ちで心にゆとりを持って、ビラを配った方が得るものがあると思う。

っと、これは昨日の話なのだが、一日経って、今朝は別の人たちがティッシュ配りをしてた、テニススクール勧誘のティッシュだから、交通安全啓蒙と違って、やる気が違うのか、あるいは昨日のことがあったからコントラスト効果が働いてたのか、すごくハキハキしてて、すがすがしいティッシュ配りに見えて、思わず笑顔で受け取ってしまった。

ちっちゃなことではあるが、昨日とは違って、明るい気持ちで仕事を開始できた。


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2013年03月28日

自意識過剰

最近読んだ本と読書会で出会った人の話から、いろいろと自分の過去を振り返った。

最近読んだ本というのは「すべてはモテるためである」っていう本。
僕の心の奥底にある触れられたくない部分踏み込んでくる本でした。



読書会で出会った人の話は「読書会で話に入っていくタイミングがわからない。」という悩みでした。

今はだいぶ、読書会でも自分の意見を言えるようになって、そのタイミングというのも少しずつ分かってきたのだが、昔はそれがすっごく難しくて本当に悩んでいた。

僕は、生まれついてコンプレックスを強く持っていて、そのことがあり、人と話すのが苦手で、人にどう思われるかばっかりを考えていた。人にどう思われるかだけを考えて生きてきたと言っても過言ではない。小、中、高と・・・、僕はずっと下を向いて歩いていたと思う。

一対一で話すときは、なんとか会話できるのだが、グループで話するときなんかは、何も話さずというのが普通だった。だから、皆で雑談している時は手持ちぶさたで、またその話ができない自分も嫌だった。まだ皆でトランプゲームしている時など、何かやることが決まっている時は落ち着けた。

一人でマンガや小説読んでるのが好きだった。たまに自己嫌悪に陥ることもあったが・・・。

大学になって、コンプレックス自体から抜け出しつつあったのだが、その染み着いた性格というものは、なかなか・・・、消えてなくなるものではなく、人がどう思うかばかり考えてて、やっぱりグループで話すのって、うまくなれなくて、仲のいい友達だけとならグループで話ができるようになったという程度だ。

社会人になってからも自信はなかったのだが、寮の友達に救われたのか、居心地がよく、皆でジムに通って楽しみながらダイエットできて、美容室で髪を切るようになり、冴えない眼鏡をコンタクトにし、外見を変えてちょっとずつポジティブになった。意外と単純な自分にびっくりもしたが、こういうことも重要なんだと思った記憶がある。

少し立って、会社の労働組合からお声がかかった、役員になってくれと。当時僕は、会社ではなんの取り柄もなく、物静かなやつだったと思う。何を思ったか当時の委員長がやって欲しいという。まじめ風だったところが良かったのか?今でも謎だ。まあでも労働組合なんて、やったら時間とられて、やっても収入が増えるわけではないという一見するとなんもいいことないように思えるので、実際のところはやってくれる人がいなくて、僕にお声がかかったようにも思う。

でも自分的には人生の転機と言えるほどの出来事であった。労働組合って、賃金上げろ!って激しく戦って対立している組織ではない。そんな時代でもない。基本的な仕事って人に尽くすことだけなんだ。

基本的には無給で、組織を活性化するにはどうしたらいいんだ?とか、会社から申し入れられる難題をどうやって皆と共有し、どうやってモチベーションを下げないようにできるかとかを長時間議論する。時には清掃活動やボランティア活動に参加したり、ティッシュ配りをしたり・・・、俺はこんなやつじゃなかったはずだ!と思いながらも、最初は半強制的にやらされるわけです。

でも、人に奉仕する活動をしてると、なんだか満足感というか充足感が得られて、お礼言われたりするとすごくモチベーションがあがる。人と関わることをずっと避けてきた僕としては、今までもったいないことをしてきたなと思ったり、これが人生の楽しい生き方なんじゃないかなって思えるようになってきた。

加えて、強制的に立場を与えられたので、意見を求められることが多くなった。発言回数も増える。でも、中身が空っぽだから、大したことは言えない。

そんな時に、皆本を読んでいて、そこからの引用とかでしゃべっていることに気づいた。会社のトップが朝会とかでしゃべるときも、哲学者はこう言っていたとか、そんな感じ。引用でも租借して自分の言葉としてしゃべっていると説得力があるしいい、これだと思った。

それから、小説やマンガくらいしか読んでなかった僕は、ビジネス書というジャンルを読むようになった。
読むとなかなか面白い。ビジネス書なんて読むに値しないって思っている人もいるかも知れないけど、少なくとも僕には役に立った。
いろんなジャンルの本を読んだが、最初は「思考法」の本が多かったと思う。中身が空っぽの僕は、何を読んでも「なるほどなあ」と感心させられることばかりだった。その分、偏見もなく吸収できていたような気もする。

それで読んだ本の内容を話すのも好きになった。「最近こんな本読んでこういうこと書いてあったよ」ということで会話が成立すること自体も良かった。会話で何を話していいのかよく分かってなかった僕は、本の引用という拠り所のある知識で話ができるのが、だいぶ会話の敷居を下げてくれていたと思う。また聞いてくれる友人や先輩にも恵まれてた。

そうこうしている内に、本にブログ書いた方がいいよと書いてあって、ブログ書くことにしたし、読書会なるものを見つけて参加することにした。
今更ながら思うが、小、中、高の時からは考えられないくらい積極的だ・・・。

でも、読書会、最初は途方もなく緊張した。
労働組合で議論の訓練はして、多少話ができるのでは?と思っていたが、読書会は誰も知り合いがいないアウェーだ。会場に入る時の僕の心の中のエネルギー障壁はものすごく高かった。
自分で参加表明しておきながら、「だいたい読書会ってなんだよ。何を話すんだよ!」と心の中で自問していたと思う。こんなところに来る人って絶対、頭よくって、みんなすごいこと話してて、ついてけなくて、一回でやめてしまうかも知れないと思ってた。

一回目は本当に緊張したけど、なんとか少し発言もできて、なにより皆いい人だった。これならやっていけるかなと。
調子が良くしゃべれる回もあれば、あまりしゃべれない回もあった。いろいろだ。とにかく、いままで続けることができている。

最近はだいぶ参加回数も多い方で、ふてぶてしくしゃべってる。参加回数が多いという慣れからくるアドバンテージを利用して、皆に気軽に話しかけている。これはズルいのかな?

小、中、高と、グループで楽しく会話している人たち、ただの会話だけど、その輪の中になかなか入れなくて、だけど羨ましくて、自己嫌悪に陥ってたあの頃から、徐々にリハビリして、なんとか体裁が保てるようになった。

けど「すべモテ」読んでると昔の自分がフラッシュバックのように思い出されて、今の自分はいったい何者なのかと思う。
本当の自分は、臆病で、会話が苦手で、駄目なやつなのに、ポジティブで自信がある風を装って、しゃべってる。

これは少しは「すべモテ」で言うところの「キモチワルイ俺」から抜け出せつつあるってことだろうか? でも心の奥底では、本当は自信がない。

「すべモテ」では最初に、自分が欲するモテてる状態とはどんな状態かを考えさせるんだけど、僕のモテてる理想的な状態って、異性にモテたいとかじゃなくって、根源的にはシンプルにみんなと楽しく話ができる状態なんだと思う。いつも話の中心にいて、光り輝くクラスの人気者みたいな感じだ。

心の奥底にあるひっかかりはなかなか消えることはないのだが、だいぶ人生は楽しくなってきたことは確かだ。
もっと多くの人と関わって、リハビリしていかなきゃ。読書会にしろ、他のいろんなことにしろ、こんな楽しいリハビリはないよな、ありがたいことだ。


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2012年12月26日

面白法人カヤック代表の柳澤さんの講演を聴いて

遡ること3週間前くらいに講演聞きました。
試験前最後の余暇活動といったところでしょうか?

以前、アイデア発想の本も書かれてて、面白そうな会社だなと思ってましたが、実際に話を聞いて、愚直に面白いことを追求しているのだなと感じました。

カヤックを作る課程も面白かったです。ポイントだけ言うと、大学在学中に友人三人と、卒業後それぞれ別の道をあるいて2年後に戻ってなにかしたら面白いんじゃないかということで、2年後集まって会社を始められたそうです。一人はサラリーマンとして、一人はアメリカ放浪、一人は大学で研究それぞれ独自の経験をして集まったみたいです。

カヤックがどんな会社かを紹介するカヤックスタイルというのが7つ紹介されました。

@何をするかより誰とするか
A鎌倉本社と旅する支社
Bサイコロ給とスマイル給
Cそれって漫画っぽい?
D量が質を生む
Eブレスト
Fありがとう


このうち、Bのサイコロ給とCの漫画とEのブレストに関しては以前読んだ著書にも書いてあったと記憶してました。

@の何をするかより誰とするか?は、ビジョナリーカンパニーでも取り上げられていた「誰バス」みたいな話だったが、実際、本当にこれを重視して実践している人は少ないという感想を言われてました。読んだ知識を実践するっていうのは重要なんだろうなと反省した次第です。

Aの鎌倉本社と旅する支社は、パソコンさえあればどこでも仕事ができるよということを実践しようと、好きな鎌倉に本社を置き、ハワイ、イタリア、ベトナムに支社を作ったそうです。ただ、観光地のハワイは本当に仕事しなくなるということで止め、ベトナムは行きたい人がいないということでやめたそうです。イタリアはデザイナーにはいいかなと言う感想でした。本当に支社作っちゃうところがすごいです。

全部説明していると膨大な量になるのでこの辺りでやめて、別の話題に移ります。

このカヤックスタイルの説明の後、実際にどんなことをやってきたのかが、また面白かった。

ちゃんとした取り組み(一般の人からみて)もあるのだが、ちゃんとしてない取り組みもある。だから面白い。

■貧乏ゆすりプロダクト「ユスリート」
貧乏ゆすりとアスリートをかけた商品だが、実際は貧乏ゆすりを計測する万歩計だ。クリエイティブな発想と貧乏ゆすりが関係していて、貧乏ゆすりをすることで、クリエイティブな発想を引きだそうという、ちょっぴりジョークチックでまじめな玩具です。最初12800円で3000個作って売り出したが100個しか売れなかったらしい。在庫が余りすぎて場所代が大変ということで、980円で売り出すと3000個即売したらしい。玩具は売れないものは、いくら値段を安くしても売れないものらしく、玩具業界の人からは、結構目があるんじゃないかとほめられたらしい・・。

■うんこ演算
算数もうんこみたいな面白さ?を取り入れたら楽しく学べるのではという発想だったが、アップルのiphoneアプリでは、検閲に引っかかって売り出せなかったらしい。しかしアンドロイドは基本無法地帯なので通って結構ヒットしたらしい。

■変人採用
面白い会社を目指すカヤックは、変人を採用してより面白い発想を得ようと思ったようです。変人は自分を変人と思っていないから、自薦ではなく、完全他薦で実施したらしいが、実際にやってみると、本当のダメ人間しか集まらず、1人も採用できなかったらしい・・・。

でも、こんな面白いことを実際にやってみる会社って魅力的です。

このあたりまでの話で、講演の大半を使い果たし、マネジメントや人事の話がほとんどできないくらいになってました。パッパッパととばしながら話されたので早かった・・・。

事業マネジメントに関しては、ITを駆使して、リアルタイムでフィードバックし、事業の撤退判断をされたりしてました。ソーシャルゲームなんかは、リアルタイムでダイレクトに顧客の数などが出るためできる技なのだろうといった感想です。

その後、質問タイムでもいろんな質問がでました。
印象に残ったのは、「社員の方とどうやって接していますか?」という問いに対する答え。

社員の方には、自由になってもらいたい、独立してもらいたいちう主旨を持って、その人が成長できるように、なるべく正直に言うことを心がけているとのことでした。オープンで何でも今考えていること、例えば事業の方針なんかでもちゃんと説明して、言えないことはごめん言えないと素直に謝るそうです。なんか、分かりやすくて疑念が生まれにくい、明るい会社風景が思い浮かぶようでした。

なんとなくですが、こんな会社はどんどん発展していくんだろうな、ってか、発展していって欲しいなと思いました。


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2012年10月18日

デフレ脱却って?

最近、テレビでは皆口をそろえて、デフレ脱却って言ってる。消費増税に対しても、まずはデフレ脱却が必要だ。3%程度の経済成長率が必要だ。などなど良く聞く。

確かに、経済成長してないのに、消費税だけ増えると、税収は減りそうな気もする。

最近、経済評論家(?)の三橋さんがしゃべってる動画があったのでみたら、今のデフレ脱却に向けた政策は間違ってると、たとえば、生産性を上げたらデフレになるんだよ。間違った方法でみんながんばってると、そこでの解決策は、公共投資だったような気がする。ボヤッとしてるが、経済の知識に乏しい私にはそう深くは読みとれない。

でも、「生産性を上げれば上げる程、デフレになる」ってのは、なるほどと腑に落ちた。最近のメーカーでやってることは、価格競争力をつけるために生産性を上げることだ。そりゃデフレになるよ。と思う。

それではいけない。というのが主張なのかもしれないが、じゃあどうやったらいいの?と思うと同時に、生産性をあげることってそんなに悪いことなのかな?と考えるようになった。

生産性をあげると人の手がかかるのを少なくするから、皆楽して同等の価値のものが手に入れられるんじゃないかな。生産性向上いいことじゃんと思うわけだ。

でも、そうやって生産性を高めて来た現在をみると、世の中を悲観的にみる人もいるし、現実に失業している人もいる。

それは、生産性を上げることで、仕事が減って、失業してしまう人が増えたからだよといった単純なものでもない気がする。

そもそも、何で失業する人がいるのかというと、仕事の量が減ったからだ、なんで仕事が減ったかというと生産性を上げたから、なんで生産性を上げたかというと、価格競争力に打ち勝つため、なんで価格競争力に勝つのかというと、中国メーカなどの安い商品がでてきたから、なんで中国の商品が安いかというと、中国の労働者の賃金が安いから、なんで中国の労働者の賃金が安いのかというと、それはそれまで働いてなかったから、働いてないといったら語弊があるが、いわゆる今言われているような経済の枠の中に入ってなかったから、経済の枠の中に入ってないというのは、たとえば、中国の農村で自給自足やアフリカの狩猟で自給自足をやっていたという感じかな?

このなぜなぜ展開が正しいか正しくないかは、ちょっと置いといて、この根本原因も大きな要因のひとつのような気がする。
すなわち、生産性向上によって世界における仕事量が減っただけではなく、世界中で今言われている経済の中に入っていなかった人が、入ってきて、その人とたちが働きだしたので、仕事量が減ったように見えるということだ。

需要と供給のバランスがこの二つの、ことによって狂ってるんだと思う。

こないだ、内田樹さんの講演を聴いてる中で、見えない市場の話をされていた。分かりやすい例示は、お米、主食の米市場にでているのは米生産量の60%くらいらしい、残りの40%は闇市場というわけではなく、市場に出てない米で、たとえば農家がそのまま家庭で消費した、あるいは、ネットで個人販売した、友達にあげたなどである。40%っていうとかなり多い気がするが、確かに農家周辺の人は、米買ってないな・・・。羨ましい。いやいや、妬んでいますと言いたいわけではなkて・・・

その話聞いて、最近考えてた「生産性向上で仕事のパイが減少?」とリンクして、こんな記事書いてるんだけど、

だから恐らく、日本人は、ほとんどの人が目に見える経済の中で生きていたんで、これから先、目に見えない経済の方にシフトしないといけないんだろうという話。

仕事の量は一定ではないので増やす方向に持っていけばいいのだろうが、生産性向上という波が、だいぶ押し下げている気がする。それで、例えば仕事量が一定のままだと仮定すると、今まで目に見える経済圏にいなかった人が大挙して目に見える経済圏に入ってきている昨今では、どうやっても追い出されてしまう
だって、今まで目に見えない経済圏で生きて来た人は、すごく安くで仕事してくれるから・・・。

しかし、そう悲観することもないんじゃないかなとも思う。だって生産性が向上して、デフレなんだから、ものの値段はどんどん安くなってくれる。どっかでバランスしている感覚がある。

それでも、給料が500万円から300万円に減ったとかいう事実があるかもしれないが、それはお金の価値を絶対的なものと認識しているからだと思う。

貨幣なんて、それ自体には価値はない。お金があるから食欲が満たされたなんてことにはならない。お金はものとものとの交換をスムーズにする道具にすぎない。その価値は絶対的なものではなく変わるものだと思う。

例えば、昔PC98シリーズなんて、30万円くらいしたが、ハードディスクなんて1GBあったらすごいほうだったよ。今じゃ、数万円のパソコンでも100GB近い記憶容量があったりする。

だから今の300万円は、ものの価値基準で換算すると3000万円くらいもらってるんだろう。ちょっと計算違ってるか?

ただし、価値観って、たぶん比較でしか実感できないから、給料が500万円だった過去の自分と比較して、なんか貧乏になった気がするし、ほかの給料500万円の人と比較して、貧乏になった気がするということだと思う。額面上減ったという事実があるから。

だから、大事なのは、足を知ることだ!

という単純な答えでは終わらせたくないので、この話は、ここでいったん保留にしとこう。
問題は、正規社員、非正規社員などの守られ方の程度の違いがもたらす格差にあるのかな?


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2012年09月28日

コンプライアンスについて

最近、コンプライアンスについて考える機会があった。今まで読んだ本や、講演を組み合わせて考えをまとめたので記録しとこうと思った。

2年前くらいに、岡田斗司夫さんの評価経済社会というものに出会った。それは、貨幣経済の次は評価経済社会がきますよという話で、以前はモノとモノの交換、モノと金の交換、金と金の交換が行われてたところが発展して、金と評価の交換、評価と評価の交換する社会になっていきますよと言った内容です。ここを詳しく説明はしないのですが、要は、評価とか注目度と言ったものが重要になってきますよということです。

一方、会社の評価というものを考えると、トヨタは2010年くらいにブレーキ問題でリコール出したときは株価が急落したりもしましたし、最近のコンプライアンスのコメントでは、企業の社会的評価の重要性に言及されています。

このあたりからも、評価の重要度というのは増してきていると感じます。

コンプライアンスが社会に与える影響を考えると減点主義的な側面があると思われます。つまり、評価が下がらないようにコンプライアンス違反をしないようにしましょうということです。

僕は加点主義の方が好きなのですが、世の中の責任を追及する風土からすると減点されないように行動するのも仕方ないのかなと感じます。

責任を追及する風土というのは、最近内田樹さんの本や講演で学んだのですが、たとえば、原発問題が起こったときに責任は東電なのか?、原子力推進委員会にあるのか、どこにあるのか?といったり、いじめ問題が起こった時に、責任は教師にあるのか?、校長にあるのか?、どこにあるのか?と追求を受ける風土です。

こういう追求があると、当事者はバッシングが怖いですから、真相を隠蔽したいというバイアスがかかるし、減点されないように行動しようと思ってしまいます

ただ最近、いじめ問題に対して、文科省がいじめがあることではなく、いじめが起こった時に、どう対処するのかに焦点を当てた取り組みはいいことだなあと感じています。

つまり、人間は間違う、間違うこともある、しかし、間違いを起こしたときにどう対処するのかといった、真摯な、誠実な姿勢を大事にしようと、そこをみていきますよと言っているのです。

もちろん、コンプライアンス違反を起こさないことは前提ですが、起こしてしまったとき、あるいは起こしたんじゃないかなと感じたときは、誠実に対応していくことが重要だと感じました。

また、企業の社会的評価を考えると、コンプライアンス違反をしないという減点主義的な取り組みよりも、社会に貢献活動をするなどして、加点主義的な取り組みもやっていきたいなと感じました。


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2012年08月28日

何故日本軍は大東亜戦争に参戦したのか?

何故日本軍は大東亜戦争に参戦したのか?

読書会の課題本であった『失敗の本質』関連で読んだ本が2冊あります。それは、『大東亜戦争の謎を解く』と『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』の2冊です。



『失敗の本質』では、何故大東亜戦争に参戦したか関しては論じないという姿勢で、日本の組織論や戦略、戦術などの失敗から学ぼうとしています。

しかし、それでも大東亜戦争の失敗としてあげられる項目は、参戦理由と完全に切り離されるものではないと感じたので、何故日本軍がアメリカと戦うことになったのかについて知りたくなり、上の2冊の本を購入しました。

この2冊の本を読むと、それぞれの大東亜戦争参戦理由は異なる。

ポイントは、日本への経済制裁やハルノートの捉え方

『大東亜戦争の謎を解く』には次のような記述があります。

ルーズベルトは、航空機用ではない、船舶用(日本海軍用)の石油の対日輸出も制限してしまえという、平時としては思い切った貿易制裁の発動を許可する。・・・日本は戦わずして敗北すると宣伝し、それでいいのかと国内で訴えた。これは誇張であった。・・・アメリカはこれで日本の石油備蓄が干上がろうとは期待をしておらず、交渉材料の一つと考えたまでである。たとえば、ドラム缶による製品輸入の道が残っていた。また、上海などの第三国を経由する輸入も日本は可能だったからである。アメリカの意図はドイツに味方するのか否かを選択しなさいという意図であると書いてあります。

またハルノートに関しては

ハル・ノートは、日本軍の中国からの撤退と、南京政府の解消を要求していた。・・・ルーズベルトとハルは・・・日本が英米に対して先端を開くことはないとも楽観していた。・・・日米両国は、日本をドイツの戦争の局外で中立させること、すなわち事実上「三国同盟」を形骸化させることが最前だと考えていた。そのために強硬な姿勢を見せるのがいいとアメリカは考えていた。
これに対して、日本は9月6日の御前会議では、「外交を優先するが南方作戦計画発動のまめの準備に入る」と決定されている。
外務省は・・ハルノートを渡された時点で、対英米戦のための動員をすませ、・・実は(アメリカにすれば)ハルノートはあくまで交渉のたたき台に過ぎない通告であった回答期限は付いておらず、日米戦争を予見させる文言は全くなかった。単なる強い調子の交渉文なのである。だが、開戦の時計をスタートさせてしまった陸海軍を説得することはもはや不可能だとみなした東郷茂徳外相は、ハル・ノートを「最後通牒」であるとの偽りの上奏を行い、昭和天皇に戦争の決断を促した。これが日本の最終的開戦決意である。

といった感じです。

それに対して、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』には次のように書かれています。

日本の満州権益の独占化に対して、アメリカはワシントン会議において、太平洋の和平の現状維持と日英同盟の破棄、日本の山東半島の利権返還、米英日の主力艦および航空母艦のトン数比率の制限(5・5・3)と十年間の主力鑑建造禁止を定めた三つの条約(四カ国条約、九カ国条約、ワシントン軍縮条約)を提唱して日本に締結させていた。
いずれの条約も日本にとっては大打撃であり、軍部は不満を持った。
・・大正十三年に、日本からの移民を全面的に禁止する「排日移民法」が制定された。
昭和十五年には、貿易統制。前年に、対日戦略物資(石油、鉄、金属など)の禁輸を実施するために、一方的に「日米通商航海条約」の破棄を通告して、日本に対する経済制裁の構えを見せてきた。すでに英米仏の列強は、昭和四年に発生した世界恐慌の影響で、自国と植民地を中心とする「ブロック経済」を形成して、日独伊の輸出製品を締め出すようになっていた。・・(日本は)完全な米英依存型の経済構造であった。そのことから、英仏の完全な輸入禁止と米国の「日米通商航海条約」の破棄は、当時の日本にとって、まさに喉もとを締め付けられることを意味していた。
ルーズベルトの対日石油輸出全面禁止発令。米英中蘭のABCD包囲を実施し、日本に全面的な禁輸をしかけてきたため・・・。
などのに対して、海軍軍令部総長・永野修身元帥は、陸海軍統帥部を代表して、日米開戦について次のような感慨を述べている。
「戦うも亡国、戦わざるも亡国。戦わずして滅びるのは、民族の魂まで失う、真の亡国である。戦って護国の精神に徹するならば、たとえ戦い勝たずとも祖国護持の精神が残り、我らの子孫はかならず再起するであろう」

当時、東條が首相になる時、昭和天皇のご意向として、9月6日の制作を白紙に戻して国策を再検討するように要請されている。
東條は国策再検討を連日に渡って実施する中で、対米交渉の妥結のために日本側の幅広い譲歩を織り込んだ「帝国国策遂行要領」の甲案と乙案をまとめている
こうした状況のなかでルーズベルトはハル・ノートを突きつけて来た。
・・・ハル・ノートは大別すると「一切の国家の領土および主権の尊重」「日米交渉で支那・仏印からの撤退」「三国同盟の破棄」「重慶政府以外の否認」の提案からなっていたが、東條内閣はこれを、日本に対して全面降伏を迫るアメリカの実質的な最後通牒であると理解した。

これに対する東條の受け止めは

「・・・三国同盟を日本から破棄することになり、国際信義の問題となる。・・・日本が支那・仏印から撤兵することは、これまで日本がしたことが水泡に帰し、日本の企業は全部事業を遂行できなくなる。・・・日本は満州からも朝鮮からも引き揚げなければならなくなる。
還元すれば・・・日露戦争以前の状態になる。東亜における大国としての日本の自殺である。当時日本が東亜の安定勢力として自ら考えていた事に照らして、このような要求を受諾することは出来ないと考えた事は、当時の日本としては当然であった。」

こうして、このハル・ノートをアメリカの最後通牒と判断し、対米英蘭開戦を十二月八日と決定した。

このように二冊の書籍では解釈が異なる。
どちらが正しいのかを判断できる知識はないが、いずれにせよ、アメリカ側が日本へ経済制裁含めたかなりの要求をしていることは確かである。石油や貿易を止められ、日露戦争以降獲得した領土は放棄しろと言われているのである。

それでも、その要求をのんで、細々と生きていく道もあったでしょう。しかし、その要求を突っぱね、戦争へ突入する道もああったのだと思えます。

大東亜戦争が、日本が起こした一方的な侵略戦争であった、ちゃんちゃんと片づけれる話でないことは、この二冊の本が語っていると思う。

実際のところ、どうだったのか、もっと知りたくなった。


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2012年08月24日

『失敗の本質』から少し離れて

次の読書会の課題本は、『失敗の本質』である。



本書は、大東亜戦争で日本軍が負けるに至った要因を教訓とし、今後の企業含めた組織論に活かそうという趣旨を持っている。

失敗要因の最終的な結論として取り上げているのは、「変化対応力がなくなったこと」である。日本は変化対応力が無かったわけではなく、特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて、逆に特殊化し変化に対する対応力がなくなったという。

個々の事例から見る失敗の要因としては、@作戦目的があいまい、A情報の受容、解釈が独善的、B戦闘が精神主義的、C部隊編成が複雑すぎた、D戦力の逐次投入、E人間関係を過度に重視、F統一指揮不在、G現地軍と大本営の意志疎通ができてないなどがあげられる。

これらの要因を考えて、組織編成や運用に役立てていくことにはもちろん意味のあることだと思う。

しかし、僕の興味はもっと別のところへ向いて行った。

『失敗の本質』では、日本が何故、大東亜戦争に突入したかは問わず、日本の戦い方、敗け方を分析するという立場を取っている。

もちろん、先述したように本書はこれで良いのだが、失敗の要因にあげられる、作戦目的のあいまいさや戦力の逐次投入などは、もともと物量で勝る敵に相対した時に、明確な戦略が立てれなかったから作戦が曖昧になり、潤沢なリソースがなかったから戦力の逐次投入や、補給不足になっとのではないかと思い、もともと強大な敵に立ち向かうことになった理由も切り離せない要因ではないかという思いが沸き上がり、興味は、どうして大東亜戦争に突入したのかに向いていった。

『失敗の本質』を読み終えた後に、その謎が知りたくて、2つの本を購入した。特に先入観もなく、本屋に立ち寄り足早に掴みとった『大東亜戦争の謎を解く』と『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』の2冊でした。



最初に、この2冊にどんな感想を持ったのかを、ざっくり書くと、はじめに読んだ『大東亜戦争の謎を解く』で、 大東亜戦争に突入した理由をなるほどなと理解し、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』を読むうちに、前書とかなり大東亜戦争に突入したいきさつの解釈が異なるなと思い、二つの書を対比しながら読み、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』については、中終盤からはちょっとした怒りと深い感動がこみ上げてきた。

ここで言いたいこととは異なるので、大東亜戦争へ突入した理由を対比しながらは書くのは次回にすることにします。
言いたいのは、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』を皆さん一度読んで見てください、ということです。

『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』には、日本人に誇りを取り戻させるような内容が書かれています。それは一方的な内容ではないかと思うくらいの日本賞賛ぶりです。しかし、そこで語られている詳細な内容は、「これは日本賞賛のための虚構である」とはとても思えないような真実味ある内容でした。

もともと歴史に関して不勉強であったため、日本が侵略戦争を行ったと教えられた記憶もなく、あまり歴史に興味もなかった。しかし、それは日々見ている報道などから自覚しない内に入っていたのだと痛感した。侵略的な要素が全くなかったかと言えばわからないが、日本軍が、東南アジアに進行し、欧米諸国を撃退し、東南アジア諸国を侵略したのかというとそうではなく、それぞれの国が独立できるように、政治的な援助をしている部分が大きい。自国の軍隊を作る手助けをし、戦術を教え、独立の精神を芽生えさせていた。大東亜戦争で日本が負けた後、再び、欧米諸国が東南アジアに来襲した時には、その時の独立の精神で抗戦し、ついに各国は独立を果たしたのである。その国々からの感謝の言葉は、とても虚構とは思えない。なぜ日本の報道は、日本の戦争責任ばかりを取り上げて、日本の成果を取り上げないのだろうと、報道への不公平感や憤りを感じました。

大東亜戦争に関する各国の識者のコメントを110ある内から2つほど紹介します。

タイ
ククリッド・プラモード(首相)

日本のおかげで、アジア諸国は独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大な決意をされた日である。さらに、8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれは、この二つの日を忘れてはならない。

マレーシア
ラジャー・ダト・ノンチック(上院議員・南方特別留学生)

私たちやアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は、永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。永い間眠っていた”自分たちの祖国を自分たちの国にしよう”というこころを、目覚めさせてくれたのです。
私たちはマレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声を上げました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育を行ってくれたのです。
・・・私たち南方特別留学生が日本で教育を受けた頃の日本は、現在の日本と比べることができないほど貧しい国でした。しかも、あの当時の日本は、全身傷だらけになって、アジアを西欧植民地から解放するための大東亜戦争を戦っておりました。
私たちはその貧しい戦時下の日本で『日本の素晴らしさ』を与えられました。

あの当時の日本人は、心と心とがふれあう交わりをもって、アジア諸国に偉大な遺産を遺してくれました。すなわち四百年の永きにわたった植民地体制を打破し、アジアの青年たちに民族自決(独立)を戦いとる決意と覚悟を与えてくれたのです。私たちは、日本の青年が命を捨て血を流して遺してくれた、尊い偉大は遺産を基にして、祖国の独立とアセアンの結成を成し遂げたのです。

ちょっと長くなりましたが、『失敗の本質』から始めた大東亜戦争の勉強は、少し時間はかかりましたが、私にとって非常に意義のある時間になりました。

おそらく、明日の読書会は、失敗の要因から現代の会社経営や日本人のあり方について議論する場になると思いますが、この本だけは紹介したいと思います。

失敗の本質関連で読んだり、みたりしたもの
書籍:『超入門失敗の本質』
DVD:『映像記録史 太平洋戦争』
書籍:『大東亜戦争の謎を解く』
テレビ:NHKスペシャル 終戦 なぜ早く決められなかったのか?
書籍:『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』


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posted by air_water at 22:35 | 京都 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

映像記録史 太平洋戦争を見て

映像記録史 太平洋戦争を見て



これまで日本の歴史、戦争史をまるで勉強してこなかったのが災いして、『失敗の本質』読んでるんだけど、なかなか情景が浮かんでこずに苦労してました。

このままでは読んだはいいけど理解できずで終わりそうな気がしたので、DVDで一度大枠を掴もうと思ってました。

とりあえず、アマゾンで探すとNHKが作ったDVDボックスがあったのでそれを見ることにしました。中古で4千円くらいでした。

届いて確認すると、DVD2枚で各75分、合計2時間半の内容でした。
やっぱり映像の力はすごいですね。パールハーバーから終戦までの概要をざっくり掴むことができました。

★最初は勝ち続けてた!!
昭和16年のパールハーバーの勝利から、日本はおせおせで南方の豊富な資源を求めて、マレー半島の方に進撃します。イギリス軍とのマレー沖海戦にも勝利し、東南アジアの制海権をとります。
その後も、オランダ領の東インドの石油資源をもとめ進撃し、短期間のうちに手中に収めます。フィリピンではマッカーサーを追い出し破竹の勢いでした。

★途中から負け続けてます
それが、昭和17年5月のミッドーウェー海戦あたりから様相が変わってきます。ミッドウェーでは大敗を喫するのですが、日本側には勝ったと報告されています。これは民衆に結果を隠したのではなく、単純に日本軍の戦況把握不足によります。アメリカ軍の修復能力の高さを知らずに、同じ船を攻撃したにも関わらず、2機撃沈したと勘違いしていたりといったことによります。
また、このミッドウェーでは暗号解読がキーポイントであったといわれています。戦力的には日本軍の方が優勢であったけれども、アメリカ軍は日本軍の作戦の全容を把握していたためだともされています。

この頃、その後の戦況を左右する生産能力に差が出てきます。アメリカは生産能力を増強する一方、日本は民間輸送船が不足し、南方からの資源が調達できないようになっていました。

その後、ガダルカナルでも破れます。
これはラバウルからの1000km飛行、往復2000kmという距離を零戦で走行し、ガダルカナルでは15分程度の戦闘時間しか与えられないという、かなり無謀な戦いを実施していたことや、アメリカ軍の零戦分析から編み出した、二機で戦うという新戦法によって戦況が悪化していきます。
また補給に関しても、アメリカ軍に物資を破壊され制空、制海権はアメリカ軍のものになります。
このときジャングルに取り残された日本人は下痢、疲労死、発狂する人が多数出たそうです。戦死者3万人中、4分の3が病死だったそうです。補給戦略を軽視していることがたたったのだと思います。

昭和18年4月には、山本五十六がラバウルに乗り込みますが、山本さんのラバウル出発は、アメリカ軍に暗号解読されていて撃墜されます。
ちなみに、この時アメリカ軍は、暗号解読の事実を隠すためにすぐさまパイロットはアメリカ本土へ返されています。

昭和18年11月にはエジプトで開かれたカイロ会談で、イギリス、中国、アメリカで日本軍の無条件降伏まで戦うことが決まっています。
一方日本では、全日本学徒出陣と学生までかり出されています。
軍と政府は、戦況を隠して国民総動員へと誘っていきます。

このころアメリカは長距離爆撃機B−29を製造しています。
走行距離5600kmで、対空砲撃の届かない対地1万mの高度で、4tonの爆弾を積むことができる優れものです。
そして日本への爆撃が可能となるサイパン進行を策略します。
日本もサイパンを日本の絶対国防圏として死守しようとします。
しかし、昭和19年6月12万のアメリカ軍の圧倒的物量によって駆逐されていきます。
このあたりでアメリカ軍は2つの新兵器を使用しています。
@マーク12レーダー 160km先の敵を発見できます。
Aマジックヒューズ 目標に近づくと爆発するミサイルです。
この戦いで日本は空母3隻と航空機の大半を失います。
サイパン島を放棄し、残った人々は知らされず、投降には応じず自害します。一般市民も1万に亡くなっています。

サイパン基地を建設したアメリカ軍は日本爆撃が可能となります。

また少し時間を戻して昭和19年3月頃からインパールの戦いも起こっています。『失敗の本質』ではやらなくて良かった戦いと記述されてました。険しい山を越えていく奇襲作戦という、もともと無謀のな作戦であったにも関わらず、何故か作戦が通ってしまい、戦況が悪化するに至っても作戦中止に躊躇し、全軍壊滅します。

この昭和19年8月にはドイツが敗北します。これでヨーロッパの兵力も太平洋へ投入されることになります。

この頃から、日本ではどう負けるかが検討されるようになります。アメリカ軍に一矢報いて、少しでも好条件で講和しようということです。

しかし、フィリピンのレイテ海戦でも破れます。
この頃、神風特別攻撃隊の体当たり攻撃などがなされています。
特効する飛行機にアメリカ軍もパニックなったようです。

昭和19年11月には111機のB−29による東京爆撃
昭和20年3月には300機のB−29による東京大空襲
その後、名古屋、大阪、神戸へも爆撃していきます。

昭和20年4月の沖縄の戦いも6月には破れます。
日本軍は6万5千と15万の沖縄県民がなくなられています。

7月にはソビエトの仲介による和平工作を巡らせますがかなわず、ソビエト軍の介入を恐れたアメリカ軍は8月6日、9日と広島、長崎に原子力爆弾を投下し、8月15日の終戦へ向かいます。

というのが大体の流れでした。
ある程度大枠は掴めたと思うので、『失敗の本質』へ戻ろうと思います。

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posted by air_water at 15:05 | 京都 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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